
2007年5月1日の日本語教育新聞より
外国人が日本語を勉強するとき、上級レベルまで上達するのに、漢字は語彙と深く関係があるので、漢字の理解は不可欠だ。しかし、非漢字圏学習者にとって、日本語をものにするためには、漢字が一番大きな「壁」となることも事実。
前回に引き続き、来日して日本語を一から学び日本語能力試験1級に合格するまでになった、カール・ロズボルドさんに、漢字を勉強した経験や漢字教育に関する信念と学習者の立場からのアドバイスについて話してもらいました。
Q:外国人が日本語の読み、書きを習得しようとする際、どのような問題点がありますか?
通常、外国人に日本語の文字を教えるとき、日本人の子供と同じ教え方をします。まず「かな」を教えて、その次に「漢字」を文部科学省が指定する学年ごとの順番に教えていくのが普通のやり方です。しかし、この順番に漢字を勉強する多くの外国人は努力をしても、勉強したそばからすぐに忘れてしまって、本当に困っています。非漢字圏学習者にとって漢字が難しい証拠として、日本語能力試験1級を合格するは漢字圏の人数と比べて極めて少ないのです。
日本語を学ぶほとんどの学生の最終目的は会話での表現力、聴解能力、文章での表現力と読解能力を身に付けるというものですが、非漢字圏学習者にとっては、漢字だけがとても難しいので、「話せる言葉をどうやって書くか」程度の勉強だけは足りないのです。
でも、もし、非漢字圏の学生への漢字の教え方を考え直せば、この状況をずいぶん改善されるではないかと思います。日本人の子どもが漢字を勉強するのと、外国人学習者が勉強するのとは、持っている知識や置かれている状況がずいぶん違います。例えば、話し言葉としての日本語の知識や外国で高校や大学で得た一般知識、それから勉強にまわせる時間などの条件が違うので「日本語の読み書きができるようになる」という目的が同じであっても最適な勉強方法は違うと思うのです。
Q:カールさんが漢字を学ぶ際には「構成要素分析による勉強法」を実践したそうですね。
私が漢字を勉強した方法はJames Heisigが書いた”Remembering the Kanji”という本で紹介された「構成要素分析」によるものです。幸い、私が日本語を勉強する早い段階でこの本のことを知ったことによって、私が漢字を勉強したとき、その新しい情報をうまく整理して覚えることができました。
漢字は構成要素の組み合わせであることを、ほとんどの日本人は認めると思いますが、国語の授業では、漢字の構成要素の組み合わせに着目して体系的に教えてはいません。自らの経験と長い年月にわたって漢字教育を考えた結果、大人の外国人に漢字を教えるときは、漢字のしくみを理解させながら、漢字を体系的に教えると、彼らが新しい漢字を勉強したとき、その漢字の情報を整理できるので、もっと確実に覚えることができるようになります。
Q:具体的にはどのような方法ですか?
「構成要素分析による勉強法」では、「日」や「月」のように、構成要素が一つだけある「象形文字」を学ぶときは、日本人の子どもと同じように、現代の漢字が様式化された絵文字であることを勉強します。こうした漢字の構成要素を組み合わせて複合文字の漢字ができます。この構成要素はいわゆる「部首」ですが、「部首」は字書を引くためのものです。しかし、「構成要素分析による勉強法」では、214個の正式な部首以外もたくさんの構成要素があります。だから、ここでは、この構成要素を「パーツ」とか「部品」と名付けています。
複合文字を勉強するときは、各々の部品を先に習得しなければなりません。その後、勉強したい複合文字を部品の組み合わせとして勉強するのです。例えば「明」は「日」と「月」を勉強してから初めて勉強します。この字の場合、日本人の小学生も同じ順番に勉強します。「日」と「月」は1年生の漢字で「明」は2年生の漢字ですから。
一方、「近」は2年生の漢字で、「斤」と「辶」からできています。2年生の漢字では「辶」は「近」のほかに4つの漢字(道、週、遠、通)で使われていますが、「食パンが一斤あります」の「斤」は教育漢字ではないので、小学校の間、生徒は正式にこの字を教わりません。この「斤」という字(部品)を独自に勉強する前に、日本の小学生はその部品を使う字をこれだけ勉強します:新(2年)、所(3年)、折、兵(4年)、断、質(5年)。
しかし「構成要素分析による勉強法」で漢字を勉強する場合、部品がはじめて使用されるときに、その部品自体を独自の存在として覚えることで、次にその部品が使われている新しい漢字を覚えるのが大分楽になります。さらに、外国人の学生が象形文字、会意文字、形声文字などの漢字体系の概念について勉強すれば、この知識を活かして、初めて見た漢字を部品ごとにさばいて、早く解読して覚えることができるでしょう。
※「構成要素分析による勉強法」を紹介するもっとも知られている本はさきほど紹介された「Remembering the Kanji I」とAndreas Foerster and Naoko Tamuraが書いた「Kanji ABC」です。それからMary Sisk NoguchiもJapan Timesのコラム「Kanji Clinic」にこの勉強法についてよく書いています。過去のコラムをwww.kanjiclinic.comで読むことができます。
Q:上級の漢字、つまり教育漢字に入っていない常用漢字を覚えるには、どのような工夫が必要でしょうか?
一つの漢字を絵として見て、覚えようとする方法があります。本当の象形文字の場合、これはいいやり方だと思います。甲骨文字や金文、篆書、隷書などの字の進化を見せて説明するのが面白い勉強法だと思います。実は、一番最初に勉強する、一年生の漢字の半分ぐらいが象形文字です。例えば、曜日に使われている7つの漢字のうち、6つは象形文字(月火水木土日)です。ですから、初めて漢字を勉強する学生はこの勉強法が好きになると思います。
しかし、上級の漢字、つまり教育漢字に入っていない常用漢字では、象形文字がほとんどありません。私の計算では、この漢字の7-8割ぐらいが形声文字です。形声文字のほとんどの場合、部首は意味のジャンルを表す「意符」で、残りは読み方(音読み)の手がかりになる「音符」です。こういう漢字を一つのイメージとして覚えようとすると、漢字の実際の構造を無視することになります。また、各々の漢字の新しい絵を作ることも体系的な勉強法ではないので、たくさんの漢字をこの方法で覚えることは不可能だと思います。
多くの「構成要素分析による勉強法」の本では、それぞれの部品の意味と複合文字の漢字の意味を連想させるためのイメージを想像するように指導します。
文字自体が会意文字の場合、こういったイメージは理屈がつきます。例えば「休」の字源は「人」が「木」に寄りかかって、「休む」という意味になります。けれど、上級になるとほとんどは形声文字であるため、構成要素は漢字の意味と明らかな関係はありません。
この場合はどうしたらいいでしょう。例えば「精」は米と青からできた複合文字です。「青」は「セイ」と「ショウ」という、この文字の読み方を表す部品(音符)です。でも、どうして「こめ」と「あお」が「精」の意味になるのは理屈では説明がないのです。
漢字を勉強する目的は日本語を読む、書くためであり、中国の古代歴史や文字の字源を勉強するのが目的ではありません。だから、もし本当の字源が字の書き方と意味を覚えるためになるものなら、そう勉強すればいいのですが、もしそうやって勉強するのが文字を早く覚えるためにならないのなら、別の覚え方を工夫した方がよいでしょう。先の「精」は、結局、学生自身が「米」と「青」と「精」を連結するイメージを作ればよいのです。例えば、この漢字を覚えるため、このような話しはどうですか。稲を刈ったばかりの米粒は籾殻が付いているので茶色です。その米を白米にするのに「精製」作業を行います。できあがった白米は「白い」というのですが、よく見てみると透けて見えるでしょう。更に見つめると青のかかった艶がついている米粒です。この話は本当の字源と関係ない話ですし、信じるのに想像力が必要でしょうけど、この字を覚えるまで、補助としてこのイメージを覚えれば、文字も覚えられます。時々こんな話は、話を作った本人にしか意味が分からなかったり、話の内容がばかげたものであるため、「真面目な勉強ではない」と批判されるかもしれないが、結果的に文字を早く覚えることができるならば、いい勉強方法だと思います。このイメージを作ることは記憶術の一種です。
Q:実際に外国人が日本語を読む練習する際、漢字を読むことや辞書を引くことも難しいですか?
学生が読む練習するとき、漢字を辞書で引くことで多くの学生が大変な苦労をします。大人の日本人がよく引くのは漢和辞典ではなく、国語辞典ですね。なぜなら、日本人はたいてい、字の読み方がわからないのではなく、熟語の意味がわからないか、読み方の分かる言葉の字の書き方を知りたいため辞書を引くからです。でも、外国人の学習者の場合、文字の読み方がわからないことがほとんどです。
例えば、「大」はたくさんの読み方があります。「ダイ」か「おお・きい」と読めば、「大人」は「おとな」と読んで、「大人気」は「ダイニンキ」か「おとなげ」と読みます。「大」は既習の文字であっても、それぞれの熟語も勉強しないと国語辞典が使えません。だから学生がたくさんの文書を読むようになるころ、漢字と熟語を早く調べられるかどうかが勉強の勝負所でしょう。
一つの漢字に一つの「正式な」部首がありますが、まだ慣れていない学生が字を引くとき、どれが正式な部首か、分からないことも多いのです。例えば「聞」という字を引くのに、「門」で調べるか、「耳」で調べるか、迷うと思います。もし選択した部品が部首でなかったら、もう一度画数を数えたり、索引で字を探したりしなければなりません。
ある学生が私に「読解の宿題をするとき、辞書を引くばかりで、日本語を勉強する時間がない!」と言っていました。日本語講師はこのことが分かっているので、テキストにふりがなを付けてあげたり、語彙リストを作成したりしますけれど、学生が自ら字を効率よく検索できないがため、自由に教材を選択することができなのです。もっともっと楽に字を検索する方法が必要です。
最近は、多くの電子辞書が、複数の部品で字を検索できるようになっていますから、「構成要素分析による勉強法」を実践すると、電子辞書で言葉を検索することも楽にできるようになります。
Q:カールさんが自らの学習課程をふまえて、外国人が漢字を学ぶために作成したパソコンソフト「漢壁(かんぺき)」についてご紹介ください。
日本語を正しく読んで、正しく書くことをスポーツに例えたら、一輪車を乗りながらジャグルすることぐらい難しいものだと思います。私がそんな神業を目指すのなら、ジャグルすることと一輪車を乗ることをそれぞれ充分練習してから同時にすることに挑戦すると思います。だから漢字の書き方、読み方、熟語での使い方などなどを別々勉強してから統合化すればいいと思います。一度に勉強するには負担が大きすぎるからです。
私は本当に多くの外国人が日本語の読み書き、そして日本語そのものが堪能になることを心の底から願っています。そのためには、学生や講師が良い勉強法を採用して欲しいと思います。私はその一つとして「構成要素分析による勉強法」を実践するためのパソコンソフト「漢字検索ツール」の研究開発をしています。そのソフトは、学生が漢字という日本語の上達を防ぐ際の壁となる「漢字」を乗り越えるためのものという意味で、「漢壁」(かんぺき)と名付けました。7月までに完成する予定で、私自身のホームページで公開予定です。ぜひ、そのページでこの検索ツールを使ってみてください。そしてこのホームページが日本語を勉強する方々、日本語を教える方々の意見交換の広場になれたらいいなぁと思います。ご意見、コメントがありましたら、どうぞ、私のメールへご連絡ください。
メールアドレス/kanji.kabe@gmail.com
ホームページ/www.kanjikabe.com